● 船橋屋くず餅の原材料
● 船橋屋のくず餅ができあがるまで
● 船橋屋くず餅の名前の由来
船橋屋のくず餅って、くず餅なのに見た目が”葛餅”っぽくないですよね?
実は船橋屋のくず餅の原料は葛(くず)粉ではないとのウワサが・・・!?
船橋屋のくず餅の原材料は
葛(くず)粉じゃないって本当?
それじゃあ原料は何?
くず粉からできてないのにくず餅って名前なのはなぜ?
こんな疑問にお答えする記事となっています。
船橋屋くず餅の原材料は?
先に結論を申し上げますと、船橋屋のくず餅は
葛(くず)は一切使われていません。
えぇ━(´・д・)━!!!*
ってなりますよね。私も思いました。
船橋屋くず餅の原料は小麦澱粉
船橋屋のくず餅の原材料はズバリ。
小麦澱粉(こむぎでんぷん)
です。
小麦澱粉とは読んで字のごとく、小麦粉のデンプンのことです。
小麦粉に水を加えて、小麦粉に含まれるたんぱく質(グルテン)を取り除き、残ったデンプンを精製したもの
そして、小麦澱粉を使ってどのようにくず餅がつくられていくのかを簡単に説明しますね。
船橋屋のくず餅は小麦澱粉を発酵させてつくられた発酵食品
船橋屋のくず餅は、この小麦でんぷんを450日間発酵させて「発酵小麦デンプン」とういものをつくります。
そして、この発酵小麦デンプンを水と一緒に蒸します。そうすると、あのプルンッとした弾力のある「くず餅」が出来上がります。
まとめると、小麦粉から以下の工程によってくず餅に変化していきます。
小麦粉
小麦粉に水を加えてグルテンを取り除く
🔻
小麦でん粉
小麦でん粉を450日間かけて発酵させる
🔻
発酵小麦でん粉
発酵させた発酵小麦でん粉を水と共に蒸す
🔻
くず餅
完成♪
450日もの間発酵させてつくられるので、船橋屋のくず餅は和菓子の中でも唯一の”発酵食品“なんだそうですよ。
船橋屋のくず餅は発酵食品だよ♪
船橋屋のくず餅が「くず餅」と呼ばれているのはなぜ?
それでは、原料に葛(くず)が一切使われていないのになぜ「くず餅」という名前がついているんでしょうか。
以下に解説していきます。
船橋屋のくず餅は「葛餅」ではなく「久寿餅」と書く
まず、 船橋屋の「くず餅」は正しくは「久寿餅」と書きます。
「久寿餅」はもともと関東発祥の和菓子で、その歴史は江戸時代までさかのぼります。
また、「久寿餅」と言えば船橋屋。と名前がすぐに挙がるほど船橋屋が有名ですが、
関東では船橋屋以外にも「久寿餅」を作って販売している有名な老舗のお店がたくさんあります。
「久寿餅」と呼ばれる名前の由来は諸説3つある
本題の「久寿餅」と呼ばれるようになった名前の由来ですが、これには諸説あります。それは以下のとおり。
● 下総国葛飾郡の「葛」から「久寿」になった説
●「久遠寺」をもじって「久寿」になった説
● 久寿餅を考案した人物の名前(久兵衛)から取ってつけた説
それぞれを詳しく解説していきます。
下総国葛飾郡の「葛」から「久寿」になった説
昔、良質な小麦粉の産地であった東京都の東部は下総国葛飾郡(しもうさのくにかつしかぐん)と呼ばれていました。
その下総国葛飾郡でつくられた小麦澱粉のお餅に葛飾の「葛」をとって葛餅としたところ、
関西に同じ名前の「葛餅」が存在したため、まぎらわしいので名前を改めて「くず餅」または「久寿餅」にした。という説です。
「久遠寺」をもじって「久寿」になった説
東京大田区池上は「久寿餅」発祥の地という説がありますが、その池上に位置する池上本門寺に関わりがあるとされる「久遠寺」
の名前ににちなんで「久遠餅」と名付けたところ、久遠という字を見ながら紙に転写する際「久寿」となってしまい、次第に「久寿餅」になっていった。という説です。
久寿餅を考案した人物の名前(久兵衛)から取ってつけた説
次は、久寿餅が誕生した秘話としても語り継がれている内容ですが、
久寿餅の生みの親の人物の名前をとって付けた、という説です。これはどんな話しかというと・・・。
時代は江戸時代(1830年頃)までさかのぼります。あるところに久兵衛(きゅうべい)という男がいました。
ある日納屋に貯蔵しておいた小麦粉が雨にぬれてしまったため、やむおえずそれをこねて水に溶かし、樽に入れたまま放置していました。
すると翌年「天保の大飢饉」に襲われました。飢饉に陥った久兵衛はふと樽に入れた小麦粉のことを思い出しました。
そして樽の底を見たところ、そこには発酵された小麦粉のでんぷんが沈殿していました。それはだいぶ発酵臭を放っていましたが、
食べる物がなかった久兵衛は、それを蒸してみることにしました。すると、風変わりなもちもちしたお餅が出来上がりました。
これが関東の「久寿餅」のはじまりだと一説では言われています。
その後、久兵衛はお腹を空かせた村人たちにこの餅を配って飢饉から救ったとされています。
このことから、くず餅の名前は久兵衛の「久」をとり、飢饉を救った無病長寿の「寿」をとって「久寿餅」と命名された。というお話しです。
まとめ。くず餅は歴史的背景の深い食べものだった
諸説あるので真偽は定かではありませんが
たとえ久兵衛さんのお話しが神話だったとしても、天保の大飢饉、第二次世界大戦、東京大空襲、と
怒涛の時代の中奇跡的に生き残った発酵澱粉が人々を支えてきたことは紛れもない事実なので、
久寿餅(くず餅)は歴史的背景の深い、伝統的な大切な食べ物。ということがわかりますね。